2011年02月27日

誤誘導あれこれ


ミスター誤誘導・セイゴーちゃん(鳩兄顧問)のヴァジラな部下の御作品(魚拓)


例えば

「『大本神諭』に収録されたお筆先に・・・」

として引用されてる文章、

これって『大本神諭』じゃなくて『日月神示』じゃん・・・



この御作品だけでも明らかな意図的ミス・誤誘導が他に十数か所ありますが、
どれも露骨過ぎてバレバレ。

やはりセイゴーちゃんには遠く及びませんね。


ちなみにK作舎って今の高田馬場に移る前は松涛にあったんだけど、
その松涛の建物(一軒家)ってT1K会の(以下略w



あと、以前にもちょっと書いたけど、

王仁三郎の予言と称されている『続・瑞能神歌』なる怪文書、

「原爆や水爆の・・」云々という文言で、1950年代以降(つまり王仁三郎の没後)に作られたモノだなと判りますネ。

posted by 悲しき秀才 at 06:11| Comment(2) | 出口王仁三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月05日

新春黄金スペシャル・雑ネタメドレー【2】


(3)ほりえモンの「動揺」の件、

従来だったらこういうビジネスにおいては「回収」まで一通り済んで、
被害者の会結成とかトカゲの尻尾切りの逮捕者やら自殺者も出てgdgdになって、
初めてマスコミで取り上げられて「社会問題化」してやっとステージ終了、
というのがお約束のはずだったのが、
今回はマスコミ含め各方面で「グルッポンは凄いゾ」とやってるさなかの
ステージ序盤で強制終了、上場など夢のまた夢。。。
となったわけだから、
いつもの「ハッスル」だと思ってリングに上がったら初期UFCのオクタゴンだった、
みたいな感じで、
「あれ、いつもと違うよ?!」(勧進元にどう説明しよう、、、)
と焦りまくってるカンジなのでしょうか

反射快晴力に資金が渡る前にその芽を摘む、という強い意志のようなものを感じますが、
もしそうだとしたらその意思の源は何処なのか。



(4)メモ

<麻生元首相直筆の看板盗難 炭鉱王・旧伊藤伝右衛門邸>(2011年1月3日)
http://www.asahi.com/national/update/0103/SEB201101030005.html

柳原白蓮が伊藤伝右衛門と結婚して住んでたお屋敷。


<柳原白蓮>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%8E%9F%E7%99%BD%E8%93%AE

本名:Y(火へんに華)子。柳原愛子(なるこ)の姪。大正天皇の従妹。旧華族。


何故かWikiには書いてありませんが、宮崎龍介との駆け落ちで大騒動になってしまい、
王仁三郎が身重の白蓮をしばらく大本にかくまっていたんですね。長男の名付け親も王仁三郎。


『霊界物語』61巻の序文に彼女の名前が出てきます。

霊界物語六十一の還暦祝ひ、口述者も筆記者も皆松雲閣に集まりて、
霊主体従第一巻編輯の時の苦心を追懐しながら、小雲川の水音、松風の響きに
心胆を洗ひ清め、瑞月、隆光、明子を初め鶴殿親子、柳原Y子、小倉貞子の三女人相並びて、
今日の生日を祝ひつつ初夏の新緑に酔ふ。

大正十二年五月十日 於松雲閣



鶴殿親子(つるどのちかこ=公爵・醍醐忠順の次女。明治天皇の皇后・一条美子(昭憲皇太后)の姪)と並んで書かれているところが注目ポイント。

posted by 悲しき秀才 at 02:26| Comment(6) | 出口王仁三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

荻外荘


近衛文麿の私邸だった荻窪の「荻外荘」。

その隣に大本信者の家があって、
その家にはなんと、
その信者の親戚で朝日新聞に勤務していた松本清張と、
王仁三郎の孫の出口和明が間借りして住んでいたのだ
(1955年頃)

posted by 悲しき秀才 at 01:45| Comment(0) | 出口王仁三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月22日

文字化け、他

8月13日あたりから数日間、「最近のコメント」部分が謎の文字化け

(IE、Firefox、Opera、Chromeにて文字化け確認済w)








これと相前後して過去エントリ(「頼れる仲間プルト君」)へのシツコいエロスパムコメの連続。



エントリ自体ではなく米欄の内容かな?と思っていたら






なんと、8月14日、亀岡の熊野館が火災で全焼。。。。。。


http://www.google.co.jp/search?hl=ja&client=firefox&hs=6as&rls=org.mozilla%3Aja%3Aofficial&q=%E7%86%8A%E9%87%8E%E9%A4%A8%E3%81%AE%E7%81%AB%E7%81%BD&btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&aq=f&aqi=&aql=&oq=&gs_rfai=




熊野館は王仁三郎の晩年の拠点であり、出口和明が住んでいた建物だ。




これからいろいろなことが始まりそうだ。


posted by 悲しき秀才 at 02:21| Comment(8) | 出口王仁三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月24日

整腸の






イェイッ!





第一次大本事件は王仁三郎が浅野和三郎や谷口雅春らの「ハルマゲドン派(神智学系工作員)」を追い出すために引き起こしたと思っているのだが、


大本を出た谷口は、なんとスタンダードオイル直系の石油会社の日本法人に勤務していたわけだw

posted by 悲しき秀才 at 20:10| Comment(5) | 出口王仁三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月21日

満州バニシング




あ、「満州(マンジュ)」の語源は「文殊」だそうです、、、、
byウィキペディア









ところで、


統一系満州人脈=汗ンション派が最近やたらと王仁三郎の、特に大陸絡みのことがらに関して誤誘導をしてる理由がはっきりしてきましたね

(とりあえず何でも王仁三郎と頭山満と内田良平が悪いということにしておけ、ってな感じ?)




頭山満、および「日韓併合」の本義についてはこちらとか。

<歪められるアジア主義>(きち@石根殿)


頭山興助なんてのは頭山満とは真逆ってことですね。




満州人脈といっても統一系以外にいろいろあるわけで、「日本を故意に負け戦に誘導した勢力」とそれ以外を一緒くたにしてはいけないっちゅうことです。


posted by 悲しき秀才 at 23:43| Comment(2) | 出口王仁三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月30日

スタンフォード大学



<スタンフォード大学(笑)>
の続き?になるのか




昨年出たこちらの本、






外国の学者が書いた一般的な「オーモト」研究の本と思いきや、


なぜか冒頭で「孝明天皇と旭形亀太郎の件」にいきなりウンコ投げしている、
ワケワカラン本なのだ。






スタンフォード大学。

闇は深い、、、、




(続く)
posted by 悲しき秀才 at 08:29| Comment(0) | 出口王仁三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月22日

続々・鳩色のトロツキー



花粉と黄砂のダブルパ〜ンチ、、、、<涙

マジで喉痛い





で、やっぱり、どうしても気になるんですわ



・現職の総理大臣が、コミックとはいえ「河豚計画」をテーマにした本を購入したことをわざわざ公表


・ウィキペディアの『虹色のトロツキー』の項目、「河豚計画」の「フ」の字もでてこない


・そもそも、俺たちの由紀夫のために本のリストアップをしたセイゴーチャソだけど、

彼のこの本についての書評(千夜千冊)の記述にいくつか不審な点、


やはり「河豚計画」という言葉が出てこないとか、

「トロツキーによるロシア革命が実はユダヤ人組織による革命だったというスターリン的な解釈」
という一文とか


あと、安彦の原作からして史実と違っていることがあるんだけど、
セイゴーチャソは知ってるくせに全然指摘しようともしないで、その通りなぞって書いてるんだな、これがw


植芝守平を満州(建国大学)に連れてきたのは出口王仁三郎だった、とか

(事実としては、建国大学の設立は昭和13年。王仁三郎は昭和10年に起きた大本事件でずっと獄中なので満州に行ける訳が無い。保釈出所したのは昭和17年。)


「そのころ日本は出口王仁三郎や植芝盛平らをつかって、蒙古の懐柔に乗り出していたのだが、ことごとく失敗していた。その硬直状況を突破しようとしたのが深見だった。」
という表現とか

(事実としては、日本政府と軍部、関東軍は王仁三郎が日本の大陸政策に関わることを極度に警戒していて、何度か王仁三郎の暗殺さえ企てている。軍部の非主流派のごく一部は王仁三郎に期待していたようだが。
そもそも大正13年の王仁三郎と植芝の「蒙古入り」も、京都で列車に乗るときからずっと当局によって尾行されてて、奉天で逮捕されそうになる直前、矢野祐太郎の協力によって間一髪で振り切れたことで辛うじて成功したわけで。
この作品の描く時代は<建国大学設立昭和13年〜ノモンハン事件昭和14年>頃だけど、とにかく昭和10年以降昭和17年まで王仁三郎は獄中にいたわけだからw)





(続く、かもしれない)

posted by 悲しき秀才 at 12:09| Comment(1) | 出口王仁三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月08日

ウィキペディアン







鸚鵡、ぽっぽ兄弟、、、
実にオモロイw

posted by 悲しき秀才 at 08:25| Comment(0) | 出口王仁三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月28日

補遺(ホイ!)

呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!




鉢伏山といえば大本関連ですね


二代教主・澄サンの歌碑


はちりきの はちふせやまの はちひらき あけのりゅう九う おくのみやなり




これって、八大竜王でしょ?


ちなみにこの「鉢伏山開き」というのは、第二次大本事件解決後、王仁三郎と澄サンで出雲大社に出かけた帰り。昭和21年だったか。




実は戦後というか、第二次大本事件解決後の王仁三郎の動きの重要性というのが、
王仁三郎研究家(?)の間では徹底してスルーされてるんですよねw




以前にも書いた、『天祥地瑞』(霊界物語73〜81巻。特別編)、


第73巻の総説部分からして「第三次事件を見事に予言していた」と言えば言えるのに、教団関係者も王仁三郎研究家(?)も誰も言及すらしない<爆


絶対のタブーなんですね。

第三次事件は現在進行形だからかな?<w


なんたって「第三次事件は中から・・・」ですから



「中から」と言っても、正確には外から虫が入って中から、というか




前にも書きましたけど、「大本は世界のヒナガタ」というなら、
世にはびこる「テロカルト」なんぞも大本(正確には大本関連教団)の中にヒナガタとして「実在」して巣食ってるってことでしょ
(あ、また書いちゃったww)






posted by 悲しき秀才 at 18:08| Comment(4) | 出口王仁三郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする