2008年03月31日

「満蒙回蔵」(その3)<中国は単一民族国家w>

「五族共和」というと、反射的に旧・満洲国建国の理念と思ってしまうのですが

「五族和」と

「五族和」

は別なんだそうで。


満洲国の理念のほうは「五族和」。

五族=満洲国に住む主な民族(当時)
  =満洲人・漢人・蒙古人・朝鮮人・日本人。


一方、「五族和」のほうは、「中国革命の父」孫文らによって唱道された理念だそうです。

すなわち
五族=漢族・満洲族・モンゴル族・イスラム教徒(ウイグル)・チベット族
  =漢満蒙回蔵


<五族共和>(ウィキペディア)
「五族共和(ごぞくきょうわ)は、1912年に中華民国が成立した際に唱道された理念で、中国国内の主な種族である漢族、満州族、蒙古族、回(現在の回族ではなくウイグル族など新疆のイスラム系諸民族を指す)およびチベット族の5種族が協同して新共和国の建設に当たることを意味する。孫文ら革命の指導者たちは中華民国成立以前の清朝中国は満州族が権力を握り、他の4族はすべて奴隷的地位に圧迫されていたとし、五族が平等の立場にたち、同心協力して、国家の発展を策し、平和と大同を主張し、世界人類の幸福を中国人によって保証しようというスローガンを唱えた。

しかし、清の政体は五族のそれぞれが別の国家とも言える政体を維持し、清朝皇帝はその五つの政体に別個の資格で君主として君臨するという一種の同君連合というのが実態であった。そのため、漢族社会に深く溶け込んでいた満州族を除くモンゴル(蒙古族)、西域ムスリム社会(回)、チベットの実質三ヵ国は、漢族による中華民国政府の統治下に置かれることをよしとせず、清朝皇帝権の消滅をもって独立国家であることを主張するに至った。

つまり、五族共和の実態とは、漢族を中核にして旧清朝皇帝臣下であった全政治集団治下の民を、新たな中華民国の国民に再組織化するためのスローガンに他ならなかった。この中華民国の国家戦略は中華人民共和国にも引き継がれ、現在は漢族と55の公認された少数民族からなる中華民族が、古代からの中国の分割不能な国民であるとする公式見解へとつながっている。」

なんか、オブラートに包んだものの言い方ですね・・・

ちと長くなりますが、ズバリ書いてあるものを引用


「・・・辛亥革命が成功して中華民国が成立すると、途端に孫文は変節して、「五族共和」を唱えるようになる。1912年1月1日の「臨時大総統就任宣言」(『孫文全集』)では、

「漢満蒙回蔵ノ諸他ヲ合シテ一国トナシ、漢満蒙回蔵ノ諸族ヲ合シテ一人ノ如カラントス」

と言った。つまりシナ人・満州人・モンゴル人・回教徒・チベット人が、共同して中華民国を運営すると言うのが五族共和である。したがって中華民国の領域は、清帝国の領域そのまま継承するのである。

なぜこんなことを言い始めたかと言うと、シナ人固有の領土は清帝国の領域の数分の1に過ぎず、他の広大な地域は他の4民族の領土であったからである。ここにシナ人の邪悪な領土欲が剥き出しになったのである。ただし中華民国の実力では、これらの土地を基本的に手に入れることはできなかった。

 だがシナ侵略主義のイデオロギーは、さらに発展する。1921年、孫文の『三民主義の具体的方策』(『孫文全集』)では、

「漢族ヲ以テ中心トナシ、満蒙回蔵四族ヲ全部我等ニ同化セシム」、

「漢満蒙回蔵ノ五族ノ同化ヲ以テ一個ノ中華民族ヲ形成シ、一ノ民族国家ヲ組織シ」

と述べるようになる。

ここに今日に至る中華民族の概念が明確に出現している。しかも注目すべきは、五民族は平等では無く、あくまでも漢族=シナ人が中心で、他の四民族はそれに同化されるべき存在としていることである。

このことをさらに明瞭に述べているのが、1925年、孫文の最晩年、広東での三民主義の連続講演(現在『三民主義』の著書とされているもの)の民族主義第一講(『孫文選集』)にある以下の言説である。

「では中国の民族はというと、中国民族の総数は4億、そのなかには、蒙古人が数百万、満州人が百数万、チベット人が数百万、回教徒のトルコ人が百数十万まじっているだけで、外来民族の総数は1千万にすぎず、だから、4億の中国人の大多数は、すべて漢人だといえます。おなじ血統、おなじ言語文字、おなじ宗教、おなじ風俗習慣をもつ完全に1つの民族なのであります」

 ここにはシナ人の本音の中の本音が、実にあからさまに語られている。つまり非シナ民族である満蒙回蔵四民族の存在など、完璧に無視してかまわないと、孫文は明白に言っているのである。

これは、彼らに生存権は無く、抹殺すべき存在であると宣言しているのと同じである。これがシナ侵略主義のマニフェストである。

また驚くべきは彼らを外来民族と決めつけていることである。彼らの固有領土を中華民国だと主張する巨大なウソをつく上に、さらに外来民族だとするウソを重ねるのである。平気でウソをつくシナ人の民族性が、如実に表れていると言えよう。すなわちシナ侵略主義の神髄は、単に侵略するだけでなく、非シナ人をシナ人に同化・吸収して消滅させるという、侵略の徹底性にある。

その具体的な方法は、膨大なシナ人々口の海の中で、非シナ人を民族的・文化的に溺死させると言う方法である。これは伝統的にシナ人が用いて来た遣り方であって、孫文は先の民族主義の講演の中で、何度も自慢げに言及している。・・・」
「中国・中華は侵略用語である -シナ侵略主義の論理構造-」 『日本』2004年2月号  酒井信彦


酒井氏によると、中国人による「中華民族」の定義というのはトンデモないものだそうで・・・

「・・・シナ侵略主義の論理構造の特徴は、まず何と言っても民族概念の二重構造にある。つまり上位の民族概念と下位の民族概念とがある。

中共は56の民族で構成される多民族国家であるとされているが、この56の民族とはあくまでも下位の民族概念で、例えば漢族(シナ人)・蒙古族(モンゴル人)・蔵族(チベット人)・朝鮮族(朝鮮人)などである。

そして全体すなわち56民族総てを統合する上位の民族概念があり、これを「中華民族」と称するのである。つまり56の民族としては多民族国家であるが、中華民族としては単一民族国家であると言うことになり、中共憲法では「統一的多民族国家」と表記されている。

そして中共では「中華民族の大家庭」と言う表現がしばしば使われるが、この家庭とは日本語でいえば家族のことであるから、国家を1つの家族に見立てる家族国家観である。したがって中華民族に属する人々はすべて、シナの伝説上の皇帝である黄帝の子孫であるとされ、同胞であるとされるのである。

 この中華民族が、中国民族であり中国人であるから、シナ人だけでなく56民族すべてが中国人なのである。そして中華民族・中国人の居住地が、中国の領土であることになる。これが中共における中国人・中国の公的な用法である。この事実を現在の日本人は、全くと言って良いほど理解していない。

シナ人が他の民族の領土を侵略して行く理屈の要は、まさにここにある。まずある民族をその民族の意向と全くかかわり無く、一方的に中華民族に属することにしてしまう。そうするとその民族の領域は中国の一部であることになる。次にその民族を中華民族の大家庭に復帰させると称して、軍事行動を起こし、その民族の領土を武力併合するのである。具体的に言えば、チベットはまさにこのようにして侵略され併合された。・・・」
(引用・同上)



少数民族(たった1億人w)の「大和族」が「黄帝の子孫」と認定される日が来ないことを祈ります・・・

posted by 悲しき秀才 at 03:23| Comment(2) | TrackBack(0) | チベット TIBET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月29日

「きょうは暴れん坊将軍でいくぞ!!」

「裸で超絶ドラム」といえば、元ネタはこれでしょうか


Terry Bozzio -Punky's Whips (YouTube)




5分過ぎたあたりからドラムテク爆発。


あ、もちろんBozzio師範は倒れたりしませんが。




とにかく、音楽・芸能方面はまったく疎いもので・・・



姫乃樹リカ、本田理沙あたり以降の新人は誰が誰やらちんぷんかんぷん・・・





posted by 悲しき秀才 at 18:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月28日

「満蒙回蔵」(その2)

「私の好きな地図」・・・w






時間がないもので

取り急ぎですみません
posted by 悲しき秀才 at 03:15| Comment(1) | TrackBack(0) | チベット TIBET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月21日

「満蒙回蔵」(その1)

「満蒙回蔵」ってテーマで。


まずは


大正13(1924)年、出口王仁三郎が蒙古入りした際の名刺

meishi.jpg

(出口和明『入蒙秘話』より)



実物はハガキ大の特大名刺・・・


「弥勒下生達ョ喇嘛(みろくげしょうだらいらま)」とあります



これはいったい何か?



時間がないので、続く・・・
posted by 悲しき秀才 at 06:33| Comment(1) | チベット TIBET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(画像)四川省ガパ蔵族羌族自治州の「暴動」で射殺された女子中学生

射殺された6人のうちのひとり、Lhundup Tsoさん(16歳)





ニュースソース:the Tibetan Centre for Human Rights and Democracy (TCHRD)


ご冥福をお祈りします
May her soul rest in peace.



ところで

極東de全裸さんは


「今回のチベット人弾圧の件で胡錦濤政権を非難すると

胡錦濤に敵対する上海閥が力を得て、中国は余計ひどいことになる

だから黙っていよう」


という趣旨の、アルファブロガーならではの『珍説』を展開されておられるようですが(魚拓)


まあ、ツッコむのもあほらしいけど


みんなが極東de全裸さんの言う通りにしてたら


「これだけのことをやらかしても国際社会から非難されないんだな」


と胡錦濤も上海閥も思うだけじゃないのかな?


今回の弾圧事件の裏に諸勢力の陰謀があったとしても(もちろん、あるどころか陰謀だらけだと思いますが)


その陰謀も含めて、すべての非人道的行為を暴き、チベットの人たちのまっとうな生活を願うのが


正常な発想ってもんじゃないでしょうかね?

posted by 悲しき秀才 at 04:15| Comment(3) | チベット TIBET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月19日

「ダライ派」・・・

<チベット騒乱はダライ派が組織した=中国温家宝首相>(ロイター 2008年03月18日)
(魚拓)


「ダライ派」・・・


ニュース原文の英語は “the Dalai clique”


「ダライの一味」って感じでしょうか


この「ダライ派」という言葉には


「中国共産党が認定した『パンチェン・ラマ11世』(ギェンツェン・ノルブ)こそが正当な『パンチェン・ラマ』である。」


という意味が込められてるのに、マスコミはいっさい解説してくれませんね・・・



ご存じでない方のためにいちおう説明しときますと


「パンチェン・ラマ」とは、チベット仏教最高位の「ダライ・ラマ」に次ぐ第二位の高僧の称号。


将来、ダライ・ラマ14世が亡くなった場合に、誰がダライ・ラマ15世なのか(転生)を指名するのはパンチェン・ラマ11世。


だからパンチェン・ラマ11世という存在はチベット国民、チベット仏教にとって超重要なんですね。


で、現在、パンチェン・ラマ11世は、中国共産党が認定した『パンチェン・ラマ11世』と、ダライ・ラマ14世が認定した『パンチェン・ラマ11世』の二人が並立してしまっているわけです。


ダライ・ラマ14世が認定したほうの『パンチェン・ラマ11世(ゲンドゥン・チューキ・ニマ少年)は、1995年、認定発表の日から3日後に、家族とともに中国政府に拉致され、現在も行方不明。(写真)




一方、中国共産党が認定した『パンチェン・ラマ11世』は、今回のラサのチベット人の行動を非難し、中国共産党を断固支持する声明を発表しました・・・




<ラサの破壊活動を非難 パンチェン・ラマ11世>
(新華社 2008/03/17)

「チベット仏教の活仏、パンチェン・ラマ11世は15日、ラサで14日起きた社会秩序を重大に損なう殴打、破壊、略奪、放火事件について、祖国を分裂させ、民族の団結を損なうすべての行為に断固反対すると表明した。

パンチェン・ラマ11世は人民大衆の生命と財産の安全を重大に損なう少数の者の犯罪行為を厳しく非難し、次のように述べた。これらの者の行為は国と人民の利益を損ない、仏教の目的にも反している。私は共産党と政府がラサでとっているすべての措置を断固支持する。ラサの事態が早急に収まり、社会の安定が維持され、人民大衆が安定、調和した、素晴らしい生活を送り、宗教界と信徒が通常の宗教生活を送れるよう希望している。」 (ラサ08年3月16日発)


WTF...


これを「傀儡」と言わずして、何を「傀儡」というのかな、と・・・


今回の争乱の背景には、この「偽」パンチェン・ラマ11世問題があることが指摘されています

「・・・今年2月、衝撃的なニュースが世界中のチベット人コミュティに飛び込んできたのだ。北京発ロイター電が報じたもので、それによると中共が選んだ偽パンチェン・ラマが今年2月13日に18歳となったのを機に時期全人代で常任委員に選出されるという内容だった。・・・」
<中共軍包囲でラサ戒厳状態…五輪前に恐怖支配強化>(東アジア黙示録殿)



パンチェン・ラマ問題について詳しくはこちら

<ゲンドゥン・チューキ・ニマ少年の失踪>(ダライ・ラマ法王日本代表部事務所 )

<パンチェン・ラマ>(同)

<『世界最年少の政治囚』パンチェン・ラマ11世救出キャンペーン>
(チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン(TSNJ))

<パンチェン・ラマ11世問題>(ウィキペディア)

posted by 悲しき秀才 at 01:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月18日

2008年03月17日

チベットの隘路

中国・米・英・露、諸勢力の思惑と権謀術数が渦巻くチベット。

まずは中国共産党による不法支配と非人道的行為を排除すべきことは当然ですが、

その先にもまだまだ多くの困難が横たわっています・・・



統一教会によるダライ・ラマ14世への支援は有名ですが、

日本においてはチベット出身の政治学者として有名なペマ・ギャルポ氏。

「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」初代代表でもあった彼は、



『世界日報』に連載コラムを持ち、


「特定非営利活動法人 「昭和の日」ネットワーク」代表委員でもあり
("崇教真光" "幕屋" "ペマ・ギャルポ")


北朝鮮に米120トンを支援したNGO「グローバルレインボーシップ」のメンバーでもあります。
(ソース:ウィキペディア)


「グローバルレインボーシップ」については
 <「アイ・シー・エフ」(現オーベン)といふ導火線に点火>(日本アンチキムチ団殿)



なるほど、日本におけるチベット民主化(独立)活動が無いに等しいのも、


「ダライ・ラマ法王日本代表部事務所」のニュース内容が何故か英語版と異なるのも、


ちゃんと理由があったわけです・・・

タグ:チベット
posted by 悲しき秀才 at 02:13| Comment(3) | チベット TIBET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月16日

「侵攻」を「進駐」に  ウィキペディア「チベット」関連項目に工作員?の影

歌手のビョークが上海コンサートで「チベット」を連呼した3月4日以降、工作員とおぼしきメンバーが「ウィキペディア日本語版」のチベット関連項目を盛んに「編集」している模様。


利用者名“TibetFreedom”による「編集」の例:


中国共産党の侵攻」を「解放を目指した進駐」に





[[1950年]]10月には[[中華人民共和国]](中国共産党)は[[人民解放軍]]をチベット東部カム州に送り、チベット国内侵攻てきた。
      ↓
[[1950年]]10月には[[中華人民共和国]](中国共産党)は[[人民解放軍]]をチベット東部カム州に送り、[[イギリス帝国]]からの解放を目指してチベットに進駐を開始した。



このほか、利用者名“TibetFreedom”はこの二週間足らずの内に100回以上にわたりチベット関連項目を編集。特にダライラマ14世と「カルト」の関係を執拗なまでに強調することにより、中国共産党のチベット支配を正当化する意図があるものと思われる。



“TibetFreedom”によるチベット関連項目の編集履歴↓




ダライラマ14世がカルトや新興宗教の広告塔として利用されてきた問題は、中国共産党によるチベット侵略とその後の不法支配・チベット国民に対する残虐行為の数々をなんら正当化するものではないと考えます。



チベット関連:
Birth of Blues殿

<【動画】オリンピック前の大粛清?人民解放軍 チベット殺戮開始>


<中国外務省 米人権団体は「ロンパリ」と人権侵害>


posted by 悲しき秀才 at 02:52| Comment(2) | チベット TIBET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする